転勤問題
最近、特に多くの社員が悩みを抱えるのは「勤務地」問題です。
勤務地を理由に退職するケースが増加傾向にあります。
この退職理由については、特定の会社の固有問題ではなく、全国転勤を有する会社で、同じ課題を抱えていると思います。
転勤退職の問題は、テレビや新聞、雑誌で度々取り上げられていますが、どこか転勤当事者のみが右往左往して、会社や社会は「甘受すべき」と切り捨てているように思えます。
転勤退職の理由で、退職まで至るケースの内、確かに「転勤先の水が合わない」ことを理由として退職する人もいますが、一定数以上については、育児や介護といった家族問題を理由に退職することです。
ただし、転勤退職問題の本質として人事部の視点で考察すると、「転勤辞令が発令されて退職」するケースは氷山の一角であり、「①将来的に転勤があるために退職(予防措置)」や「②転勤したけれど家族問題で退職(事後対応)」が圧倒的に大多数となります。
現代社会の働き方について
最近の「家族の働き方事情」についてデータで見ると、共働き世帯は1,188万世帯(65%)に対し、専業主婦(無職)は641万世帯(35%)であり、およそ3世帯に2世帯が共働きです。
このデータは2017年時点であり、今現在ではこの比率は一段と高まっているものと思います。
また、女性のキャリア意識の変化や定年問題等で、今後も共働き世帯が増加傾向にあることは間違いありません。
つまり、今の時代は「共働きが普通」と言えるのではないでしょうか?
出展;厚生労働省の「厚生労働白書(https://www.mhlw.go.jp/stf/wp/hakusyo/kousei/18/backdata/02-01-01-03.html)」“共働き等世帯数の年次推移”)
国の法整備等により、育児や介護については、一昔前と比べると社会全体で環境(社会保障)が改善されつつあると感じています。
一方で、社会の最小単位である家族に目を転じると、育児や介護、また女性の活躍社会の問題が根本解決に至っていないことが分かります。
それは、
- 共働き世帯が普通となった家族において、育児や介護は、夫婦一緒に協力しないと成り立たない現実です。
- 女性が社会で活躍するうえで、配偶者の転勤問題が阻害要因となっている現実です。
これは疑いようがない事実だと思います。
国の施策(生産年齢人口を増加させる)である女性活用推進や、年金受給年齢引き上げ等に呼応した人事制度を企業も構築してきました。
結果的として、「共働き等世帯数の年次推移」のデータから女性活躍推進については、相当な効果を上げていることが分かります。
しかし、国策的に実施しているこれ等の包括的施策の前提は、共働き世帯を増加させることにあるにも関わらず、真逆のベクトルに向かう仕組みである「転勤」が、キャリア形成に不可欠と語られることに、矛盾を感じます。
人材流動性を推し進め、欧米的にジョブホッピング(転職)を求める国の施策において、欧米では一定の制限を設けていることが多い「転勤」だけは、企業の聖域としてある種、人事権の象徴(悪い意味で。。。)として用いられています。
転勤制度について
一般的には知られていませんが、厚生労働省は転勤について、「転勤に関する雇用管理のヒントと手法」とのレポートを公開しています。
厚生労働省:転勤に関する雇用管理のヒントと手法
このレポートでは、次の記載があります。
〔※厚生労働省のレポート抜粋〕
・最近特に、夫婦共働きでないと成り立たない賃金や年金制度である以上、それと相反関係にある転勤問題は、一昔前と比べて、社員の人生を左右する問題となりつつある。
・転勤に関する企業内の仕組みの設計や運用は、企業における人的資源管理の一環として 集団的 ・組織的に行うことが要請されるが 、同時に、可能な限り、個々の労働者の納得感 を得られるようなものであることが望ましい。
このレポートでは、転勤に関する「法規範」「雇用管理」などの側面から考察されており、よくまとめられていると思います。
が、内容を読むと、問題を根本的に解決する姿勢は感じられません。
日本企業の労働慣行において、女性活用推進や定年延長引き上げを議論するのであれば、合わせて国として、転勤問題の本質的な問題について、議論すべき時が来ているのではないでしょうか。
転勤問題の本質
転勤とはどのよな意味を持つのか考えると、意義がある点は全く否定できません。
社員にとってのメリット
→ 所在により独自に育まれる傾向にある組織文化を知る機会となり、将来の幹部人材に必要な経験を積むことができる。
会社にとってのメリット
→ 会社全体として適材適所の配置をすることで、効果的な組織力を破棄できる。
→ 人材を流動化させることで、組織を活性化させることができる。
また、個別に居住地問題がない社員にとって、転勤は歓迎するものとなっています。
つまり、人事の視点でも転勤を否定する気はありません。
では問題とは何か?ですが、この問題の根本は「転勤するとライフが犠牲になる人がいる」点となります。
転勤が配偶者などの家族へ影響する場合、社員はワークとライフを天秤にかけて、ライフが犠牲になると判断して転勤退職を決断します。
または、配偶者の転勤により、生活(ワークライフバランス)の継続が困難である場合は退職することとなり、多くの場合、女性側が退職の決断を迫られているように思えます。
転勤の法的根拠(人事部の論拠)
現代日本の「転勤」の基本的な考え方の根幹となる判断基準については、東亜ペイント事件(最高裁判例 1986年)となります。
(最高裁判例)
配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき、もしくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。
ここで言うポイントは、「通常甘受すべき程度」ですが、社会通念が時代として変わっており、共働きが当然となる社会において、「家族は運命共同体」の価値観は過去のものです。
現代社会のおいて社会の仕組みが変化した現状では、社員の家族(配偶者、子供、両親)に影響する問題を甘受すべき、とすることは違うと思います。
転勤問題のまとめ
私は、人事担当者として、人事マン駆け出しの頃から転勤が原因で退職する社員を良く見てきました。
特に顕在化したのは、ワークライフバランスが流行した頃からでしょうか?また、会社では転勤を忌避する社員は年々、増加傾向にあるように感じています。
その理由は、共働きによる育児と介護が圧倒的多数です。また、配偶者のキャリアを気づかったものもあります。
国は年々減少する生産年齢人口への対策として、女性活用と高年齢者の就労延長を推進していますね。また、付随的ではありますが、賦課方式の日本の年金制度では、生産年齢人口の現象は年金額に直結するため受給年齢も引き上げられています。
その対策の効果もあり、女性の継続雇用率は年々増加しています。女性の会社内での活躍も目覚ましいものがあります。
一方で、転勤問題により、女性のみならず男性も会社を自己都合退職するケースが増加しています。
夫婦共働きが普通となった現在、片親のみで育児や介護をすることは困難です。いや、無理です。
この問題について、厚生労働省では以前より把握されており、「転勤に関する雇用管理のヒントと手法(平成29年3月30日)」との公文を発出されていました。
この問題を単独の1社のみでの対応にはもう限界があります。
国が目指すべき方向は、生産年齢人口にあり、それに呼応して各社とも人事制度の整備を進めています。
ただし、手が付けられておらず、辺境の地(制度)になりつつあるのが転勤問題であり、その問題は社会全体の広義のものとなりつつあります。